福袋

新春福袋が今年もいたるところで売られている。
5万円相当のものが1万円であったり、10万円相当が2万円であったり、なんだかんだでお得感を感じるものである。

私も前までよく福袋を買っていた。 もらったお年玉を握りしめ、新宿のスポーツショップの福袋を買い、わくわくしながら開けていたのを思い出す。

しかし、高校3年生くらいになってから福袋ほとんど買わなくなった。
理由は福袋を買っても、はずれの感覚が大きくなったからだ。

「確かに欲しかったけど、1万円払うんだったら、前から欲しかった5,000円のものを2つ買った方が良かった。」と思ったし、やはり欲しくないものを持っていても仕方ない。

これはおそらく、服やスポーツ用品に対して、自身の中で欲しいものがかなり明確化されていたのと同時に、福袋が一種の賭けのようなものに変わっていたのだと思う。賭け=勝とうとしているから、損している感覚が強くなったと考えても良い。最初にお得感と書いているのも、自身の中にその傾向があるからだろう。

おそらくだが、本来、福袋は名前のとおりで福を感じるために買うものなのだと思う。
あったら嬉しい、ちょっとしたほっこり感を得られるものを買うのが正しい姿なのだろう。

私自身でそれを感じられるものは、お酒や食べ物など、普通に過ごしていれば消費されるものや、食器や調理器具、タオルなど生活の中で足りないもの・そこまでこだわりのないものたちだ。
やはり、ここには服やスポーツ用品、カメラ用品などの愛好品は含まれていないし、今更ながら自身にとって適していない袋を選択していたことに気づかされる。

そんなことを考えていたら、今年は福袋を買っても良いかもしれないなどと思い始めてきた。
さんがにち最終日、家でゆっくりしていようと思ったけど、ちょっと出かけてこようかなと思う。

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