肩肘張らずに

今日は仕事である飲食店のインタビューに行ったのだが、そこの会話の中で出てきた「肩肘張らずに」という言葉が頭に残った。

何かを真剣にやっているとき、この肩肘張らずというか、誰かに優しく接するということがすごく難しい。
また真剣にやっているからこそ、自分に対してもそうだが、他人の姿を見て「何故、できないんだ。」、「何故、分からないんだ。」と強く感じてしまう。

amazonのCEOであるジェフ・ベゾスが祖父から受けた、「賢くなるよりも、やさしくなるほうがはるかに難しいことなのだよ」という言葉にもあるように、このさじ加減がすごく難しい。

今は違うけれども、このさじ加減がわからず、高専に入ってから勉学に真剣に打ち込むことをしなくなった。
そっちの方が楽だし、人に対して寛容いられるからだ。

しかし、この妥協というものからは何も生まれないし、大抵は足の引っ張り合いをするだけになってしまう。
いかに真剣に取り組み、いかに他人に対して寛容でいられるか。

肩肘張らずに生きることの難しさと、それを心がける大切さを今日は思い出す日だった。

まずは始めてみること

まずは手を動かす。まずはアウトプットする。この行為はすごく大切なことだと最近になって気づいた。

そうすることによって、新しく見えるものがあり、他人に見てもらうことによって様々な視点や視座を得ることができるからだ。

この、作っては反応を見て、作っては反応を見るという回数が多ければ多いほど、自然と成果物のクオリティは上がってくる。

きちんと考えなくてはいけないけど、最初にアウトプットするものは、本筋から離れていなければ良い。

Facebookをはじめ、成功しているサービスでさえも、最初のデザインはお粗末なものだった(当時は普通だったのかもしれないけど)。
世の中に出し、世間の反応を知ることによって、改善をすることができた。改善をして品質が上がったから、使われるようになった。

最初から完璧なものはないし、完璧なものなんて出来もしない。

恐れずに前に前に。批判を恐れず、まずはアウトプットから始めよう。

ムキになること

デザインを始めた当初、制作したものに対して批判されると、良く反発したり、怒りを覚えたりしていた。
頑張って作ったものに対して批判されると当然ながら悔しい。ましてや、その当時は批判される経験をしてこなかったこともあり、なおさらだった。

批判に対して、反発したり、怒ったりすることは時には正しい。ただし、自分が選んだのはデザインという分野であり、アートではない。
クライアントや所属する会社の利益や売り上げに繋がってこそのデザインだし、そこに対して自分の感情というのはおそらく、エッセンスくらいでしかない。

また、人は必ず間違える。間違えない人はいない。それは自分であってもそうだし、ましてや作っている最中に、自分が使いやすいものを知らず知らず組み込んでいる可能性もある。だからこそ、それを正すためにも制作をしたものに対して、相手からきちんと批評やアドバイスをもらい、それを「相手から見るとこう感じるだな」と真摯に受け止め、さらなる改善を重ねていく。このプロセスがデザインを行う際に必要なことであり、これが出来ていると最終的な質はやはり上がってくる。

と、まぁこんなことを書きつつも、ちょっとムキになってしまうところがたまにあるので、気をつけないとな〜と思う1日だった。

再出発

ここ最近のことだが、ふっと

「もっときちんとデザインと向き合おう。」

と思い始めた。決して、適当にやってきた訳でもないし、日々、求められること、吸収しないといけないことに対して取り組んできたつもりだ。

しかし、現代におけるデザインの流れやトレンドに対して反射的に飛びついているように感覚や、もっと自分だったらこうしたいという気持ちと、それに付随したアウトプットが足りないと、どこか心の奥で感じていた。

そんな中で、『DRAFT宮田 識 仕事の流儀』(URL: http://amzn.to/2msvBxC)と、NETFLIXにてイラストレーターのクリストフ・リーマンのドキュメンタリーにて、「スポーツ選手は試合以外に相当量の練習をしているのだから、デザイナーももっと練習しなくてはいけない。」という言葉がものすごく自分の心に刺さった。また、同時期に観た 映画「バクマン。」にて、主人公たちがひたむきに、そして、高い熱量を持って、漫画を描く姿を観たこともあり、完全に自分の中で「もっとデザイナーとして、プロとして、ちゃんとしよう。」という想いが芽生える。

もっと過去のデザインとそのデザインにおける背景を知り、そこからの流れから現代のデザインはどのように発展してきたのかを知る。

まずはそこから始めていこうと思う。

センス

デザインの仕事をし始めてから、センスとは質の良いものをいかに目にして、体験したか。もしくはマネしてみて、試行錯誤した回数によるのではないかと思い始めている。
自分自身、たまに人から服のセンスが良いよねと言われるときがある。これは高校のときからファッション雑誌を良く読み、買った服を色々と組み合わせたりして、失敗しつつもインプットとアウトプットを繰り返していたからだろう。その反復のおかげで今は、自分に似合う服や、それなりに見える格好を理解しているし、最近の流行りみたいなものを何となく察することができる。

こうして考えると、良いアウトプットをするには、数をこなすこと。先人の手法をマネして、吸収し、咀嚼して自分に合うスタイルを模索することが大事なのだろう。これをやっていないといつまで経ってもデザイナーとして、手は遅い、判断は鈍い、自分自身の得意なスタイルも理解できてない状態になってしまう。これで30代になってしまっては致命的だ。

そうならないように、インプットとアウトプットをしっかりやっていかないいけない。そんな風に今日はふいに危機感を覚えた日だった。